
金継ぎを始めたのは10年前。 れらです。
「金継ぎをやり続けて10年になります」
と言うと驚かれます。
スミマセン、嘘です。
正しくは、
『やり始めてから10年経つが、子育てで全く何も出来ない期間も長くありました』
です。
割れた器を扱うので危ないし
子どもの手の届かないところに置きたいけど、家の中でそんな余裕のあるところはないし
塗料を使うので、子どもがさわってはダメだし
お昼寝の時間は、夜ご飯の下ごしらえが第一優先だし
(当時はキチンとした夜ご飯を作っていました。今だったらもっと要領よくやれるのに~)
朝4時起きで金継ぎ時間を確保しようとするも、気配を感じた子どもが起きてくるし
毎日寝不足で疲れ果て、金継ぎをやろうという気力さえ起きなくなっていました。
10年好きでいられたら、それはもう才能
やりたい。
なのにできない。
この葛藤だけで毎日グルグルしていましたが、ある言葉に出会いました。
「10年好きでいられたら、それはもう才能」
人の興味は移り替わってゆくもの。
その中で10年好きと言い続けられるものがあれば、それだけであなたは素晴らしい才能を持っている。
「できない今」も、未来のために種をまく
実際の金継ぎは制約があってできないけれど、
金継ぎの本を読んだり、器の勉強をすることはできる。
実際にできる環境になった時も、日々のごはんはお惣菜やレトルトに頼らず自炊をしたいから、簡単な献立やレシピを考えられる仕組みを整えておこう。
そうやって当時まいた種が、今の活動につながっているのだと思います。
